秋の1日、石畳~伊豆山コースをご案内

活動・遂行日:平成26年 10月28日(火)
コース名・行先など:石畳~伊豆山開運コース
参加人数:5名(東京、千葉、埼玉など各地)
代表:島田さん
スタート時間~終了時間:熱海駅13:00~伊豆山神社16:00

 気温20度。秋晴れ。定刻:熱海駅改札集合13:00。
 ガイドコース/トイレ説明後、軽いストレッチ運動を行い、目的地に向かいます。リーダーの島田さんは、以前にも、私たちガイドの会とともに熱海の街を歩いてくださっています。こうしてリピーターが増えることはうれしいですね。今回は、熱海駅~海光町の石畳コースを歩いた後、源頼朝・北条政子ゆかりの伊豆山神社に詣でます。

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▲午後1時に熱海駅前を出発

▲今回のコース。熱海駅~石畳地区(海光町)~伊豆山へ

 石畳コースとは、国道135号から湯河原方面に1.5km程いった海側の傾斜地に、自然石を敷きつめた坂道でできています。海を目の前にした落ち着いたたたずまいを見せるエリアです。日経新聞日経プラス1(平成25年7月6日)では「一度訪れてみたいあの坂」で全国7位にランクされました。
 戦後、この地域を接収した米GHQ(第二次大戦後、連合国軍が日本占領中に設置した総司令部)、がぬかるんだ道路に花崗岩の石畳を敷いたところから名前がつきました。明治以降の開発と聞きますが、古い建物が見える一方、すでに取り壊された伝統ある建物の跡地もあります。主だったものを紹介しましょう。

 ◎見学ポイントの詳細は、各ガイドコースの説明も参照して下さい。

●水光荘(すいこうそう、かつての海軍の寮)
 建物内は現在見ることは出来ませんが、海軍大将・山本五十六の別荘だったといいます。

●熱海ホテル跡地
 大正11年(1922)帝国ホテルの副支配人も勤めた岸衛氏によって開業します。岸氏はその後熱海市長、衆議院議員も務め、日本の観光事業に尽力することになります。同ホテルは終戦間際に海軍病舎となり営業休止。現在、熱海サンビーチにある、”お宮の松(二代目です)”は、このホテルからいただきました。

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▲昭和52年に解体された熱海ホテルのポスター。いい雰囲気ですよね、泊まってみたい!

●平櫛田中(ひらくし でんちゅう)・旧邸
 彫刻家・平櫛田中は、岡山県後月郡(現・井原市)の田中家に生まれました。東京藝大構内の六角堂には彼が制作した「岡倉天心像」があります。文化勲章受賞者で熱海出身の彫刻家・澤田政廣の師匠格ですね。平櫛田中は107歳で逝去するまで制作活動を続け、澤田は92歳まで現役で活躍しました。芸術家は長命ですね。

●野村塵外荘(のむらじんがいそう)
 野村證券・大和銀行の創始者、野村徳七氏の別邸です。昭和14年に竣工。当会のホームページで表示されるイラストの1枚は、この塵外荘をテーマに熱海在住の画家、酒井理恵子さんが描いたものです。

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▲野村塵外荘を案内中

 

 このあと、国道135号に戻り、走り湯を目指します。
赤い逢初橋を過ぎ、北条政子が娘・大姫の治癒を祈願した逢初地蔵堂を見たあと、走湯神社、走り湯にご案内。再び135号に戻り、伊豆山神社への階段を上ります。
 午後4時、伊豆山神社にたどり着きました。すこしハードな、いわゆる健脚コース無事制覇しました。

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▲国道135号線から、ほんのわずか海側に下りると逢初地蔵堂があります。この前を下り、”走り湯”へ向かいます

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▲最終目的地、伊豆山神社・本殿前で記念撮影。島田さん、そして皆さん、ぜひまた熱海にお越しください

※島田さんご一行の写真掲載は、ご一行様の承諾をいただいています。

  • コメント: 3

コメント

    • atamimachiaruki
    • 2016年 2月 07日

    黒岩様

    こんにちは、まち歩きHPの担当者です。
    当ブログにお越しいただきありがとうございました。また貴重なご指摘をいただきました、ありがとうございます。ご指摘いただきました写真は早速、差し替えました。これで大丈夫だと思いますがいかがでしょうか。

    当地・熱海の“ちょっと昔”のお話を語ってくれる人を訪ねてお話を聞くことができますが、古い写真を見ていただいても、“こんなだったかなぁ”となる場合がありまして・・・。

    熱海を楽しんで下さっている方々の、期待を裏切らぬよう、間違いのない情報収集に努めますね。今後もどうぞ、ご支援下さいますようお願いします。ありがとうございました。

    余談ですが、いい写真、懐かしい写真、たくさん載せたいものです!
    (M.Y)

    • 黒岩克樹
    • 2016年 2月 07日

    海光町の石畳コース 拝見させて頂きました。
    時が過ぎた今でも「岸衛と熱海ホテル」が熱海を愛する方達により語り継がれている事に、驚きと喜び、感謝の持ちでいっぱいです。
    有難う御座います。

    失礼かと思いますが、熱海ホテルの写真に訂正があります。
    このページに載せている写真は、熱海ホテルのものではなく、樋口ホテルのものです。
    宜しければご訂正下さい 。

    私は岸衛のひ孫にあたる者です。

    今一度、熱海を愛する方達に感謝いたします。
    有難う御座います。

      • kuroiwa
      • 2016年 2月 08日

      HP担当 M.Y様

      添付写真の変更、早々に対処して頂きまして有難う御座います。
      感謝致します。

      熱海ホテルは1923年(大正12年)関東大震災のダメージをうけた為に、その後上記ポスターの外観に生まれ変わりました。
      (主にエントランス付近がスペイン風建築様式に大きく変わっています。)

      1927年(昭和2年)蒋介石が熱海ホテルを訪れている写真を見ると、まだ建て替えはされていない様です。
               (岸とは個人的な繋がりもあった様ですよ)

      我が家に残る熱海と熱海ホテルの資料が、「熱海の発展・観光立国」の為に今時代に役立てばきっと衛も喜ぶことと思います。

      100年早すぎた観光立国……….再び。

               

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