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石畳浪漫コース
昭和初期の別荘建築などの歴史が現存
国道136号線を海に向かって降りていくと石畳の坂道に出会います。この石畳地区は、戦後、GHQが同地区のホテル(熱海ホテル)などを接収し駐留するため、イギリスの工兵隊に花崗岩のブロックを敷き詰めさせたと言われています。明治の古き良き時代に建てられた熱海・別荘建築の歴史を伺うことができます。
石畳地区は、町名を「海光町」(かいこうちょう)といいます。海が光ると書きますが、その名からしてロマンを感じさせますね。坂道を下っていくと、白く大きなスペイン風の建物が見えてきますが、この地区を代表する建物、野村塵外荘といいます。すぅっと異国の地に迷い込んだ感覚になります。
- 。スタート: 熱海駅→東山地区→石畳地区→お宮の松
- 開催日時: 随時(土日祭日中心ですが、平日も承ります)。集合時間は10時。
- 集合場所: JR熱海駅 足湯前
- 所要時間: 約1時間30分
- 費用(2025年9月16日より)
1~4名様まで → 一律2,000円
5名様以上 → 2,000円(基本料)+ @500円/1人
※団体様:従来どおり@500円×人
※小学生以下は無料
※ガイド申込みは1名様から受け付けます。
※お客様10人に対してガイド1人を想定してご案内しています。
※開催日時(曜日)、集合時間、集合場所などご相談に応じます。
※他グループと日程が重なるなどの理由でご案内できない場合があります。あるいは他グループとご一緒の提案をさせていただくことがあります。
相模湾の景観と、豊かな自然に囲まれた閑静な地域に佇む、昭和初期の別荘建築(野村證券・塵外荘など)を見ながら、ヨーロッパにあるような石畳の坂道を歩くコースです。
●水光荘跡(すいこうそう、かつての海軍の寮)
昭和初期に建てられた旧日本海軍の施設で、海軍大将・山本五十六の別荘だったといいます。

▲水光荘はこんな建築物でしたが、現在、建物は取り壊され更地になっています。
●熱海ホテル跡地
大正11年(1922)帝国ホテルの副支配人も勤めた岸衛氏によって開業します。岸氏はその後熱海市長、衆議院議員も務め、日本の観光事業に尽力。そのホテルも終戦間際に海軍病舎となり営業休止。しかし、創業の翌年、1923年(大正12年9月1日)、早くも関東大震災の被害で営業停止。1930年(昭和5年)新たに山田馨氏によって設計されたスペイン風の建物に改装されます。スパニッシュ様式の美しいホテルだったようです。戦後は国際興業が経営しましたが、1977年(昭和52年)解体。現在更地となっています。つわものどもの夢の跡、といったところでしょうか。戦前の物理学者・寺田寅彦の数ある随筆中、「箱根熱海バス紀行」(昭和10年)には、”朝の9時半に家を出て箱根で昼飯を食って二時に熱海に来た。そうして熱海ホテルでお茶を飲んで・・・”という記述があります。
現在、熱海サンビーチの”お宮の松”はこの熱海ホテルから持ってきて植えられている二代目です。


▲1977年まで営業していた熱海ホテル。ノスタルジーを感じさせます。(絵はがきより)
●平櫛田中(ひらくし でんちゅう)・旧邸
彫刻家・平櫛田中は、岡山県後月郡(現・井原市)の田中家に生まれました。東京藝大構内の六角堂には彼が制作した「岡倉天心像」があります。文化勲章受賞者で熱海出身の彫刻家・澤田政廣の師匠格ですね。平櫛田中は107歳で逝去するまで制作活動を続け、澤田は92歳まで現役で活躍しました。芸術家は長命ですね。
●野村塵外荘(のむらじんがいそう)
野村證券・大和銀行の創始者、野村徳七氏の別邸です。昭和14年に竣工。”塵外”とは、文学者・高山樗牛(たかやま ちょぎゅう 1871―1902)が『熱海には塵外(俗世間を離れた)の楽しみがある。』といった故事によるものとか。整備も行き届き、同社の迎賓のためにも利用されているようです。

▲googleマップで見た野村塵外荘

▲敷き詰められた石畳

▲熱海の海岸・貫一お宮の像、お宮の松の前で解散です
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