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長浜(上多賀)の松並木に関する調査報告
―最後の三本松の年輪が語る歴史― (2026/7/13)
1 調査の背景
熱海市多賀・長浜地区の海岸沿いには、古くから「松平伊豆守信綱が植えた」と伝わる松並木が存在していた。長浜海岸を代表する景観であり、熱海まち歩きガイドの会でも観光案内の重要なポイントとなっていた。
しかし近年、県による道路拡幅工事に伴い松並木の多くが伐採対象となった。さらに2026年5月末には長浜海浜公園(うみえーる長浜)そば、3本松のうち1本が倒木した。このため安全対策として、残る2本も併せて、2026年6月に伐採された。
こうして、街道沿いの松並木は姿を消したが、その切り株から年輪を調べることで、植えられた年代を科学的に推定できる貴重な機会となった。長浜の松は、いつ、誰が植えたのであろう。

▲図1:国道135号沿い、長浜海岸の3本松が伐採された(by Google Map)
2 長浜の松に関する資料・文献など
長浜の松については、「正保2年(1645)、松平伊豆守信綱が伊豆巡検の際、防風林として植えた」あるいは「大名行列による街道整備のため」と伝わる。380年ほど昔のことである。信綱は「知恵伊豆」と称された江戸幕府の名老中であり、日光杉並木の整備にも関わった人物として知られている。
しかし、現存する史料では、信綱自身が伊豆半島沿岸を公式に巡検した記録は確認されていない。長浜に松を植える指示を出した可能性は残る。
また、信綱が植えたとも伝わる「貫一お宮の松(初代、熱海サンビーチ)」だが、切り株が熱海市役所第3庁舎入口に展示されている。今後、樹齢を調査することで、伝承との関係を検証できる可能性がある。300年超の歴史があるはずだ。
時代が下って、信綱の時代から約150年後の、江戸後期の寛政5年(1793)には、老中・松平定信が海防強化を目的として伊豆・相模沿岸を巡視している。この巡視には画家・谷文晁が同行し、その様子は、国宝『公余探勝図巻』として現在も東京国立博物館に所蔵されている。
また、定信は自領である白河藩でも街道沿いに約2千300本もの松を植えさせており、防風・景観・街道整備のために松並木を造成することは当時として特別なことではなかった。
以上の文献を年代順に整理すると次のようになる。
| 西暦 | 和暦 | 出来事 |
| 1645年 | 正保2年 | <伝承>松平信綱による巡検と植樹(381年前) |
| 1793年 | 寛政5年 | 松平定信による伊豆沿岸の巡視(233年前) |
3 伐採木の樹齢調査
2026年6月13日(土)、伐採された最後の3本について年輪調査を行った。
調査対象を便宜上、右松・中松・左松とし、直径および年輪数を計測し、年代順に並べた。
| 松 | 直径 | 樹齢 | 推定植栽年 | 和暦 | 将軍 |
| 右松 | 約1.0m | 225年 | 1801年 | 享和元年 | 徳川家斉(11代) |
| 中松 | 約1.3m | 187年 | 1839年 | 天保10年 | 徳川家慶(12代) |
| 左松 | 約0.95m | 177年 | 1849年 | 嘉永2年 | 徳川家慶(12代) |
※調査は熱海まち歩きガイドの会・会員4名と片山会員孫・陽登さんで実施。

▲図3:右松(樹齢225年)。年輪10年ごとにピンを立てて細密に計測した
4 調査から分かったこと
今回の年輪調査により、最後まで残っていた3本はいずれも19世紀前半に植えられたことが明らかになった。
もし信綱の時代、1645年に植えられた松であれば、樹齢は約380年であるはずである。しかし実際には177年から225年であり、信綱の時代より、約160〜200年後に植えられた松であった。
このことから、長浜の3本は松平信綱が植えた「初代の松」ではなく、後の時代に植え替えられた二代目あるいは三代目の松である可能性が高い。あるいは時代が下って捕植された可能性もある。
いずれであっても、この松並木は「長浜に松並木を維持する」という地域の営みを、江戸時代から受け継いできたものと考えられる。長浜の松並木の歴史が受け継がれてきたことがうかがえる。
江戸時代、この海岸には防風林としての役割だけでなく、江戸へ向かう御汲湯の船や相模灘を往来する船からも、美しい松並木が作り出す海岸景観が見られたものと考えられる。
今回の調査は、失われた松並木の最後の姿を記録するとともに、長浜の歴史を実証的に考える貴重な資料となった。今後は、古地図や古写真、文献資料などをさらに調査することで、この松並木がいつ植え替えられ、どのように維持されてきたのかを明らかにしていくことが期待される。

▲図6:国宝・谷文晁『公余探勝図巻』より「上多賀」(東京国立博物館蔵)

▲図7:国宝・谷文晁『公余探勝図巻』より「熱海」(東京国立博物館蔵)
5 まとめ
(1)最後まで残った3本は江戸後期に植えられた
年輪調査の結果、3本の樹齢は177年、187年、225年であり、植栽年代は1801年(享和元年)から1849年(嘉永2年)と推定された。
(2)信綱が植えた初代の松ではない可能性が高い
伝承では正保2年(1645)に松平伊豆守信綱が植えたとされるが、今回調査した3本はいずれもその約160~200年後に植えられた世代であることが分かった。
(3)長浜の松並木は代々植え継がれてきたと考えられる
今回の結果は、伝承そのものを否定するものではない。海岸の松は長い年月の間に植え替えや補植が行われたと考えられ、最後まで残った3本も、その歴史を受け継ぐ世代の松であった可能性が高い。
(4)松並木は地域の暮らしと景観を支えてきた
長浜の松並木は、防風林として地域を守るだけでなく、街道景観を形成し、海上交通の目印としても重要な役割を果たしてきたと考えられる。
(5)今回の調査は長浜の歴史を記録した貴重な資料となった
伐採直後に年輪調査を実施したことで、最後の3本の植栽年代を客観的なデータとして記録することができた。この調査成果は、今後の郷土史研究や地域の歴史を伝えるための基礎資料となることが期待される。
(6)年輪は、まだ多くの歴史を語る可能性を秘めている
今回は年輪数から樹齢と植栽年代を調査したが、年輪の幅までは解析していない。年輪幅を詳しく調べ、歴史資料や気象記録と照合することで、当時の気候変動や風水害、冷害などが松の生育に与えた影響を読み解ける可能性がある。長浜の松には、地域の自然や歴史を知る手がかりが、なお刻まれていると考えられる。

★調査日:2026年6月13日(土)
★調査方法:伐採木の切り株断面から年輪を目視で計数
★調査者:熱海まち歩きガイドの会 会員4名+協力1名
































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