4.人車・軽便鉄道の軌跡

人車・軽便鉄道の軌跡コース
熱海発展の礎を築いた日本初の人車・軽便鉄道、その足跡を訪ねる


明治の実業家・雨宮敬次郎の鉄道は、人車鉄道と軽便鉄道をあわせて28年間、熱海・小田原間を走り抜けました。その間、熱海は陸の孤島という汚名を返上して発展した結果、国鉄熱海線乗り入れに結びつきました。雨宮は、なぜ人車鉄道を思いつき、そして「軽便鉄道王」と称されたのか、当時を振り返りながら熱海操車場周辺の軌跡を巡ります。鉄道ファンも必見のコースです。

・スタート: 熱海駅(蒸気機関車) → 人車・軽便鉄道の旧路線を歩く
       → 大江戸温泉ホテル前(人車鉄道碑) 
・開催日時: 随時。集合時間は10時。
       (土日祭日中心ですが、平日も承ります)
・集合場所: JR熱海駅 足湯前
・所要時間: 約1時間
・費用:   500円/人(ガイド料)※小学生以下は無料とします。
・備考  : ガイド申込みは、2名様以上でお願いしています。
※お客様10人に対してガイド1人を想定してご案内しています。
※開催日時(曜日)、集合時間、集合場所などご相談に応じます。
※他グループと日程が重なるなどの理由でご案内できない場合があります。あるいは他グループとご一緒の提案をさせていただくことがあります。


▲雨宮敬次郎。明治の実業家。鉄道建設の先駆者で「軽便鉄道王」を呼ばれています。熱海にも鉄道インフラを建設し、人車鉄道と併せて28年間、鉄道事業を行いました。熱海発展の基盤は、彼の鉄道抜きには語れません


▲熱海街道を駕籠で行く。明治初期の熱海は陸の孤島でした。1872年(明治5年)新橋・横浜間に陸蒸気が走りますが、この頃の熱海街道はまだ山道でした


▲1881年(明治14年)人力車の通れる熱海新道が完成しますが、熱海・小田原間は5時間もかかりました。1886年(明治19年)坪内逍遥は朝7時に新橋を出発、横浜から乗合馬車を乗り継ぎ、小田原から人力車に乗り換えて、やっと夜に熱海へ到着しています


▲ 人車鉄道。日本初の本格的長距離人車鉄道は、定員最大8人の客車を2~3人の人夫が押すユニークなもの。写真のように昇り坂では渋滞してしまいます


▲軽便鉄道。
1923年(大正12年)に関東大震災で被災して廃止されるまでの16年間、機関車1両に定員20名の客車を最大1両連結して、熱海・小田原間を2時間半、1日7往復走りました。写真は、伊豆山愛染橋を渡る軽便列車です


▲熱海駅前に展示されている、7号軽便鉄道機関車


▲鉄道王の終焉。1911年(明治44年)熱海の別荘で病没(64歳)しています。写真は、熱海梅園内にある雨宮敬次郎翁終焉の地碑。熱海市政80周年記念として「市民が選ぶ、熱海ゆかりの人びと」アンケートが実施されました。このとき熱海市民の人気度は29位。「熱海発展の恩人」としては残念ながら、いまひとつ


▲鉄道の軌跡を歩いてみよう。「ホテル大江戸温泉」前の人車鉄道レリーフを皮切りに周辺の軌跡を歩きます。また、特別に希望があれば軽便鉄道の16ポンドレールも見に行きます

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